LLM以前のAIの歴史、70年の浮き沈みで、2017年のTransformer登場までをたどりました。この記事はその続きです。Transformerからここまでの9年——LLM時代がどれだけのスピードで進んできたかを、実際の発表間隔で見ていきます。
分岐点:理解のBERTと、生成のGPT(2018年)
Transformer登場の翌年、2つの重要なモデルが現れます。同じTransformerという構造から、まったく違う使い方が枝分かれしました。
Googleが2018年10月に発表したBERTは、文章の前後両方の文脈を全ての層で同時に読み込んで理解する方向に特化したモデルでした。一方、OpenAIが2018年6月に発表したGPT-1は、『そもそもLLMって何?』で書いたような「次の語を当てる」ことに特化した生成方向のモデルです。
今のLLMの主流(ChatGPTやClaude)は、このGPTの系譜です。BERTは「理解」の用途でしばらく使われましたが、生成もできて汎用性の高いGPT型が、後に主役の座をさらっていきます。
「危険すぎる」から始まった公開(2019年)
2019年2月、OpenAIはGPT-2を発表しますが、フルサイズのモデルは公開しませんでした。悪用のリスクがある、という理由です。まず1億2400万パラメータの小型版だけを公開し、以降数ヶ月かけて段階的に大きなモデルを公開していきました。
今となっては珍しくない慎重さですが、当時は物議を醸しました。「公開の仕方」そのものが議論の対象になる、という構図は、その後もずっと続いています。
GPT-3と、スケーリング則(2020年)
2020年5月、GPT-3が発表されます。パラメータ数などの詳細は『有名人のことは詳しく、無名な人のことは知らない』に書きましたが、ここで押さえておきたいのは、その数ヶ月前——2020年1月——に発表されていたスケーリング則の論文です。この論文は、モデルの性能が、モデルの大きさ・データの量・計算量の3つに対して予測可能な法則にしたがって伸びることを示しました。
「大きくすれば、賢くなる」ということが、勘ではなく法則として確認された。これが、その後の巨大化競争を後押しします。
コードを書くAI、そして安全志向の新会社(2021年)
2021年6月、GitHubはCopilotを発表します。裏で動いていたのはOpenAIのCodexというモデルで、コード生成の評価用ベンチマークでGPT-3が0%だったのに対し、Codexは28.8%を達成したと報告されています。「AIがコードを書く」という、このサイトの主題そのものにつながる技術が、ここで実用段階へ進みました。
同じ2021年、Anthropicという新しい会社が設立されます。ダリオ・アモデイ、ダニエラ・アモデイら、複数の報道によればOpenAIで研究・安全性・政策を担当していたメンバーが中心となって立ち上げた会社で、AIの安全性やスケーリングの方向性についての意見の違いが、独立の動機の一つだったとされています。このサイトがベースにしているClaude(やClaude Code)は、この会社が作っているモデルです。
見えない改良と、見える爆発(2022年)
2022年は、2つの意味で転換点でした。
まず、OpenAIはInstructGPTという手法を発表します。人間がモデルの出力を評価し、その評価をもとにモデルを調整する——RLHF(人間のフィードバックからの強化学習)と呼ばれる手法です。地味に聞こえますが効果は劇的で、パラメータ数がわずか13億のInstructGPTのほうが、1750億のGPT-3より人間の評価で好まれた、という結果が報告されています。大きくするだけでなく、行儀よく育てることの威力が示されたわけです。
そして11月30日、この改良を土台にしたChatGPTが公開されます。ここからの普及速度は、それまでのどの技術とも違いました。公開から5日で利用者100万人。報道によれば約2ヶ月で1億人に達し、UBSのアナリストは「20年間インターネット業界を追ってきたが、消費者向けアプリでこれほどの立ち上がりの速さは記憶にない」と評したといいます。
「賢いモデルを作る」競争が、「一般の人に届けるレース」に変わった瞬間でした。
3ヶ月半で追いついた(2023年)
2023年3月14日、この1日で2つの出来事が起きます。AnthropicがClaude 1を発表し、同じ日にOpenAIがGPT-4を発表しました。ChatGPT公開からわずか3ヶ月半——GPT-3(2020年5月)からChatGPT(2022年11月)までの約2年半という間隔と比べると、一気に短くなっています。
同じ2023年には、MetaがLlama、Llama 2という、研究・商用利用に開かれたモデル群を公開します。すべてのモデルが企業の非公開APIの向こうにあるわけではなく、自分の環境で動かせるモデルという選択肢が育ち始めた年でもあります。
そして12月、GoogleがGemini 1.0を発表し、「テキスト・コード・音声・画像・動画を、最初から統合的に扱えるよう作られた」——ネイティブなマルチモーダル設計だと明言します。文章専用だったLLMが、目や耳を持ち始めた年、とも言えます。
エージェントの種がまかれる(2024年)
2024年は、「頭のいいチャットAI」から「手を動かすエージェント」への転換が進んだ年です。
3月、AnthropicはClaude 3ファミリーを発表し、画像入力への対応も進めます。10月には、Claudeが画面を見て操作する「computer use」機能がベータ公開されました。まだ「実験的で、時にぎこちなく、エラーも起きる」段階だとAnthropic自身が断っていますが、AIが画面を見てマウスとキーボードを操作する、という一線を越えています。
9月には、OpenAIがo1を発表します。答えを返す前に長く「考える」ことに特化したモデルで、『なぜLLMは、こんなに何でもできるのか』で触れた「考える時間を長くとれる」仕組みが、ここで表舞台に立ちました。
11月には、AnthropicがMCP(Model Context Protocol)を公開します。AIとツール・データソースをつなぐ、共通の作法です。
一夜で時価総額6000億ドルが消える(2025年1月)
2025年最初の大事件は、中国のDeepSeekが起こしました。1月20日に公開されたDeepSeek-R1は、強化学習を主体にした学習でOpenAIのo1に匹敵する推論性能を実現したとされ、重みをオープンに公開しました。
1月27日、DeepSeekのアプリがApp Storeの無料チャートでChatGPTを抜いて首位に立つと、市場は急反応します。Forbesの報道によれば、Nvidiaの株価は1日で約17%下落し、時価総額にして約5,890億ドルが消失——株式市場史上最大級の1日の下落と報じられました。
技術の進歩そのものより、「主役が入れ替わるかもしれない」という不安が、市場をここまで揺さぶったという出来事です。LLM以前の70年史では見られなかった規模の反応でした。
月イチ更新の時代へ(2025〜2026年)
2025年1月、OpenAIがOperatorというブラウザ操作エージェントを投入します。その1ヶ月後の2月24日には、AnthropicがClaude Codeの研究プレビューを公開しました(このサイトが使っている、AIエージェントのコーディング版です)。さらに3ヶ月後の5月22日、Claude Opus 4・Sonnet 4とともにClaude Codeも正式版になりました。「エージェントに任せる」という使い方が、選ばれた人の実験から、日常の選択肢に変わっていった半年間です。
そしてここから先は、更新のペースそのものが変わります。2025年8月、OpenAIはGPT-5を発表し、以降も版を重ねて2026年4月にはGPT-5.5まで進みました。Anthropicも同時期、Sonnet 4.5(2025年9月)、Opus 4.5(2025年11月)、Opus 4.8(2026年5月)、Sonnet 5(2026年6月)、Opus 5(2026年7月)と、1年足らずで主力モデルを5回更新しています。
間隔は、ここまで縮んだ
発表の間隔だけを並べてみると、加速がそのまま数字に表れます。
| 間隔 | 期間 |
|---|---|
| Transformer → BERT | 約16ヶ月 |
| GPT-3 → ChatGPT | 約2年半 |
| ChatGPT → GPT-4 | 3ヶ月半 |
| 2025年8月〜2026年7月の主力モデル更新(OpenAI・Anthropic合計) | ほぼ月1回 |
前史で見た二度の冬は、どちらも「期待に実績が追いつかない」という失望から訪れました。今のところ、LLM以降の9年間はその逆——実績のほうが、期待の更新を追い越し続けている状態です。この状態がいつまで続くのか、それは歴史がまだ書いていない部分です。
まとめ
- 2018年、同じTransformerから理解のBERTと生成のGPTが枝分かれし、後者が今の主流になった
- GPT-2は「危険すぎる」として段階公開されるなど、公開の仕方自体が議論の的になる時代が始まった
- 2020年のスケーリング則が「大きくすれば賢くなる」ことを法則として裏付け、巨大化競争を後押しした
- 2022年のRLHF(InstructGPT)という地味な改良と、同年11月のChatGPTという派手な普及が、同じ年に起きた
- ChatGPTからGPT-4までは3ヶ月半。GPT-3からChatGPTの2年半と比べ、間隔が一気に縮んだ
- 2025年1月のDeepSeek騒動は、Nvidiaの時価総額が1日で6000億ドル近く消えるという、技術以前に市場を揺さぶった出来事
- 2025〜2026年は、主要モデルの更新がほぼ月1回のペースに達している
固有名詞の詳しさの話と同じで、ここでも根っこにあるのは「積み上がった量」です。データも、計算資源も、会社の数も、10年前とは桁が違います。LLMの歴史が短く感じるのは、実際に短いからではなく、詰め込まれている出来事の密度が高いから——70年かけて二度沈んだ前史と並べると、そのことがよく分かります。