「歎異抄」は動き、「教行信証」は止まっている
管理人はこれまで、聖書や古事記、宗教の古典を読めるサイトをいくつも作ってきた(自分や誰かのために、システムを作れる時代を参照)。親鸞の著作についても同じように取り組み、「歎異抄」を読めるサイトは公開できた。
一方で、もう一冊の主著である「教行信証」のサイトは、いまも公開できていない。理由は単純で、質の良いパブリックドメインのテキストが見つからなかったからだ。
エージェントにも、ないものは作れない
この手の企画では、著作権の問題が毎回付きまとう。すでに著作権が切れている訳や原文が必要で、それが見つからなければ、どれだけコーディングを任せても中身の詰まったサイトにはならない。管理人はこれまでも聖書アプリなどで、パブリックドメインのテキストを探して使ってきたが、探しても見つからない場合はどうにもならない。
エージェントは調べものが得意で、Web上に散らばった情報を集めてくることには強い。ただし、存在しないテキストを作り出せるわけではない。ここは、エージェントに何でも任せられるわけではない、という自然な限界になる。
「何でもできる」の裏側
このサイトでは、エージェントを使ってどれだけのものが作れるかという話を重ねてきた。ただ、うまくいった話ばかりを並べると、かえって嘘くさくなる。教行信証のサイトが止まっているのは、まさにそういう限界に当たった実例だ。
いずれ良いテキストが見つかれば、あらためて手を付けるつもりでいる。