エージェントに作業を頼んでいると、素直に従わないことがあります。頼んだ側の案に「その前提だと、こういう場合に破綻します」と返してきたり、頼んだ通りに直したうえで「ただし、この方針は勧めません」と一言添えてきたり。
これは偶然ではありません。 そう振る舞うように、意図して育てられています。担当している人の名前も、その方法も、かなりの部分が公開されています。
まず、「Claude Codeを育てる」とは何を指すのか
先に交通整理をします。Claude Codeという道具は、大きく3つの層でできています。
1つめは、素のモデル。 膨大なテキストで「次の語を当てる」訓練をしただけの状態です(そもそもLLMって何?)。この段階では、文章はうまく続けられても、人格らしいものはありません。
2つめは、事後学習(ファインチューニング)。 ここで、honesty(正直さ)や、反論すべきときに反論する態度といった振る舞いが加わります。この記事の主題はここです。
3つめは、Claude Codeというツール側の層。 システムプロンプト、ツールの説明文、CLAUDE.md、スキル——エージェントが起動するたびに読み込まれる指示書です。
つまり「Claude Codeの人格」と呼ばれているものの正体は、ほとんどが2つめの層にあります。Claude Code固有のものではなく、Claudeというモデルそのものの性質です。 3つめの層については最後に触れます。
アマンダ・アスケルという人
2つめの層を担当しているチームを率いているのが、アマンダ・アスケル(Amanda Askell)です。
経歴は哲学一色です。スコットランドのダンディー大学で哲学と美術、オックスフォードで哲学修士(BPhil)、ニューヨーク大学で博士号。博士論文のテーマは無限倫理学——行為者や結果が無限に存在する世界で、倫理的な判断がどう成り立つのかを扱う分野です。
2018年にOpenAIのポリシーチームに研究者として参加し、2021年3月にAnthropicへ移りました。本人は自分の仕事を「Anthropicでファインチューニングとアラインメントに取り組む哲学者」と説明しています。報道では、Claudeの人格(personality)を担当するチームを率いる立場として紹介されることが多く、2024年にはTIME100 AIにも選ばれています。
エンジニアではなく哲学者が、モデルの振る舞いの設計を担当している。ここが、この話のいちばん面白いところです。
規則ではなく、気質
アスケルのチームが取っている方針は、はっきりしています。個別の場面ごとに規則を並べるのではなく、気質(disposition)を宿らせるというものです。
出発点にあるのは、こういう問いです。
Claudeの立場に置かれたとしたら、理想的な人間はどう振る舞うだろうか。
Anthropicが2024年6月に公開したClaude’s Characterという記事に、目指す性質が並んでいます。世界に対する好奇心、不親切にならずに真実を伝えようとすること、物事の多面性を見ようとすること、忍耐強い聞き手であること。同時に、倫理的でない・極端だ・事実として誤っていると考える見解には、反対を表明することを恐れないとも書かれています。
冒頭の「素直に従わない」は、ここに直結しています。アスケルは、迎合しない理由をこう説明しています——友人が良い友人なのは、自分が聞きたいことではなく、聞く必要があることを言ってくれるからだ。 そして、会話をいたずらに長引かせるようには設計していない、とも述べています。
もう一つ、性格の輪郭を示す比喩として、「土地の習慣に合わせられるが、迎合はしない、好かれる旅行者」という言い方をしています。相手や文脈に応じて調子は変えるけれど、中身まで相手に合わせて曲げはしない、ということです。
どうやって気質を育てるのか
方法も公開されています。Claude 3で初めて導入されたキャラクター訓練は、Constitutional AIという技術の応用で、使うデータはすべて合成データです。人間が一件ずつ手本を書くわけではありません。
手順はこうです。
- その性質が関係してきそうな質問を、モデル自身に大量に作らせる
- その質問に対して、性質に沿った回答を複数作らせる
- どの回答がその性質をよく体現しているかを、モデル自身に順位づけさせる
- 順位づけの結果から選好モデル(好ましさの採点係)を訓練し、それを使って本体を訓練する
つまり、良い振る舞いの見本を人が全部書くのではなく、良さの基準を言葉で与えて、採点はモデルにやらせる、という構図です。Anthropicは、この方法によって人間のフィードバックを介さずに性質を内面化させられる、と説明しています。
言葉で書かれた基準が、そのまま訓練の物差しになる。だから哲学者の書いた文章が、技術的な工程にそのまま組み込まれていくわけです。
2026年1月、「憲法」が公開された
その「言葉で書かれた基準」が、Claude’s constitution(Claudeの憲法)として2026年1月22日に公開されました。PDFはこちらで、CC0(著作権を放棄した扱い。誰でも自由に使える)で公開されています。主著者はアスケルとジョー・カールスミス(Joe Carlsmith)と報じられています。
中身は規則の箇条書きではなく、Claudeに向けて書かれた長い説明文です。骨格として、優先順位が明示されています。
- 広く安全であること(人間による監督が成り立つ状態を保つ)
- 広く倫理的であること(正直であること、害を避けること)
- Anthropicのガイドラインに従うこと
- 利用者にとって本当に役立つこと
「役に立つ」が最下位に置かれているのが目を引きます。頼まれた通りにやることより、正直であることが上に来る。冒頭の「頼んだ通りに直したうえで、勧めないと添える」という振る舞いは、この順序どおりです。
そして、この文書がなぜこの形なのかについて、Anthropicは公式ページで「世界で良い行為者であるためには、Claudeのようなモデルは、なぜそう振る舞ってほしいのかを理解する必要がある」と説明しています。理由を理解していれば、想定されていなかった状況でも原則を適用できる(般化できる)が、規則を機械的に守るだけではそれができない、という考え方です。
アスケルはこの発想を、こんな比喩で語っています——6歳の我が子が天才だと突然わかったら、正直にやるしかない。ごまかそうとしても、完全に見透かされる。
「なぜ」を教えて訓練すると、望ましくない振る舞いが減る
これは思想の話にとどまりません。Anthropicは2026年5月8日にTeaching Claude whyという研究記事を公開し、訓練方法を比べた結果を報告しています。
報告されている要点は2つです。
- 正しい振る舞いの実演を見せるより、「なぜその行動が良いのか」を説明している例で訓練するほうが効果が高い
- 評価用のシナリオそのもので訓練すると、般化しない。 評価とは見た目の異なるデータ(倫理的なジレンマに直面した利用者への助言など)で訓練したほうが、現実の場面によく転移した
原則を説明した文書で訓練することで、望ましくない振る舞いの発生率が大きく下がったとされています。「言い聞かせる」ではなく「腑に落ちさせる」ほうが、モデルにも通じる。 涵養という言葉が、わりと文字通りに当てはまる工程です。
3つめの層——Claude Code側では何が起きたか
最後に、冒頭で挙げた3つめの層に戻ります。
Anthropicは、Claudeアプリ(Web・iOS・Android)のシステムプロンプトを公式ドキュメントで公開しており、モデルの更新ごとに差分がわかる形で積み上がっています。ただし、ここに載っているのはClaudeアプリのもので、Claude Codeのシステムプロンプトは対象外です。
そのClaude Code側で、2026年7月24日に注目すべき変更が公表されました。Anthropicのブログ記事The new rules of context engineeringによれば、Claude Opus 5やClaude Fable 5といった世代向けに、Claude Codeのシステムプロンプトの80%以上を削除しても、社内のコーディング評価で測定可能な性能低下が出なかったというものです。
記事が挙げている方針転換のうち、この記事の文脈に関わるのは冒頭の一つです。
規則を与える → 判断させる
例として、「複数段落のdocstringは絶対に書くな」といった明示的な禁止事項をやめ、「周囲のコードと同じように読めるコードを書く。コメントの密度、命名、慣用表現を合わせる」という書き方に変えた、と説明されています。細かい規則をたくさん与えることは、能力の高いモデルにとってはむしろ足かせになりうる、という判断です。
CLAUDE.mdについても同じ方針で、軽く保ち、そのリポジトリ固有の落とし穴に絞ることが勧められています。当たり前のことを書き並べない、ということです。
2つめの層で「なぜ」を理解させる訓練が進んだ結果、3つめの層で細かい規則を並べる必要が薄れた——そう読める並びになっている、というのが率直なところです。両者を因果で結ぶ説明が公式に示されているわけではありません。ただ、方針の言葉づかいはきれいに揃っています。
まとめ
- 「Claude Codeの人格」の実体は、Claude Codeというツールではなく、モデルの事後学習にある
- 担当しているのは哲学者のアマンダ・アスケルとそのチーム。出発点は「Claudeの立場にいる理想的な人間ならどうするか」
- 方針は、場面ごとの規則ではなく気質を宿らせること。迎合しないのは設計であって、言うべきことを言う友人が手本に置かれている
- 技術的には、すべて合成データ。モデル自身に回答を作らせ、自分で順位づけさせ、その結果で訓練する。だから言葉で書かれた基準がそのまま工程に組み込まれる
- その基準が2026年1月に憲法として公開された。優先順位は安全 > 倫理 > ガイドライン > 有用性で、「役に立つ」は最下位
- Anthropicの立場は「なぜそう振る舞ってほしいのかを理解させると、未知の状況に般化する」。実験でも、実演より理由の説明のほうが効果が高いと報告されている
- 2026年7月、Claude Codeのシステムプロンプトは80%以上が削除された。規則を与えるより判断させる方向で、
CLAUDE.mdも軽く保つことが勧められている
議論になるのは、使う人の頼み方が悪いからでも、モデルが頑固だからでもありません。そう育てられたものと向き合っている、というだけの話でした。そして育て方の中身は、規則の分量を増やす方向ではなく、理由を理解させる方向に動いています。手元のCLAUDE.mdも、細かい規則を並べるより、軽く保って判断に委ねたほうが、この流れには合っているということです。